欽ちゃんの昭和

先週の「人生最高の別れ方」と題して男女間の愛情の差について触れられた一節を読み、男は女性に愛情を求めるだけだが、女は男に寄り掛かリ、愛情ではなく究極決して転けない経済力までも求めていることを教えられました。 それは貧乏暮らしだった浅草時代のことでありましたが、芸人仲間だったTさんとキャバレー回りして日銭を稼いで生活に喘いでいた頃、Tさんと同棲していた元踊り子だった女性がある日夜中の三時にTさんを揺り起こして「私お嫁に行きたい」と言ったそうです、「もう一緒になって居るじゃないか?」と聞き返すと「ううん、違う人のもとに行きたいの」と言ったそうです🤬/。
子どもができたことを知ってから戸籍に入れるのが当時芸人の習慣だったとか…(;;)、その辺りは不明ですが、お人好しのTさんが「俺より仕合せになれそうか?と聞いたら彼女は躊躇うことなく最近知り合ったお相手は北関東の家具屋の御曹司だそうで「ずっと、ずっと仕合せになれそう…」と、ケロリと答えたそうです🤬/。
当時浅草ではコメディアンの生活は明日の米代すらこと欠くものでしたから、この返事は当然だったかも知れませんが、その言葉を受けてTさんも「そりゃそうだよな」と妙に納得してしまったそうです(;;)。
引っ越しの当日、欽ちゃんがTさんに頼まれて前奥さんの引っ越しを手伝ったとき出発となった折、トラックの助手席からひょいと顔を出した前奥さんが二人に向かって「元気でね!」と大きく手を振る彼女はとても明るく笑っていたそうです(;;)。
この情景を逐一見ていたのがTさんの下宿の大家さんで、Tさんの処にやって来て「あんたは良い人だね、普通は揉めるものなのに笑顔で送り出すなんてなかなかできることじゃないよ。今度うちの娘を紹介させてね」と言って帰ったから、冗談だと思っていたら数日後本当に娘さんを連れて来てTさんの二人目の奥さんになったのには欽ちゃんもメチャ驚いたそうです。 その後のことは書かれて居ませんがきっと今も良い夫婦で暮らしていられるのではないでしょうか?
そう謂えば昭和って世知辛い平成令和と違って本当に良き時代でしたね。懐かしいなあ!
コメント
コメントを投稿