二輪免許の変遷
昔々、太平洋戦争が勃発後、戦火を逃れて私が国民学校三年生の折に家族全員垂水から姫路の呉服町に疎開しました。 日曜日毎に母方祖父の蔵書(日本文学全集)を読むため、飾磨郡安室村御立(みたち)にあった祖父宅を田圃の畦道を伝って訪れて居りました。 戦前の本は旧漢字が満載でしたが当時の新聞同様に全てルビが付されて居たので、小学三年生でも全部読めました^O^/。 此の貴重な経験は後年私が漢字検定を受ける際に大いに役立ちました。 祖父宅からの帰路、夢前川沿いの県道を「ドッドッドッド!」と物凄い爆音を響かせるオートバイを見掛けました^^。 駆け抜けて行く勇姿とサウンドの圧倒的な存在感にすっかり虜(とりこ)になったのでした。 後年あのオートバイは「陸王」と言って、アメリカのハーレー・ダビッドソンを模して日本で作られたものだと知りました。 八歳の記憶は鮮明であり、以来あの腹の底に沁みるサウンドがずっと忘れられずに居いました。 22歳当時の二輪免許にナナハン免許など排気量による分類はありません。 筆記試験合格者が生田警察の東側の原っぱ(今の市役所の西側辺り)にて警官数人の立ち会いで125CCのバイクを使用して実技試験が行われました。 私を含めた全員合格だったと思います。 さして感激もなく頂戴した「原付二種免許」でしたが、何度かの大改正を経て、自動二輪免許(所謂ナナハン免許)に格上げされたことは望外の喜びでありました^0^/。 まず大村崑がコマーシャルに出て居たダイハツ・ミゼットの免許は、小型免許(2000CCまでの四輪免許)に統合されました。 押し出される形でかつての「原付二種免許」は、排気量によらない「普通二輪免許」と「普通四輪自動車免許」を加えた免許に自然と格上げされました(^0^)。 そして、私は夢のハーレーに乗れるようになりました。ラッキー^O^/。