優性保護法その三の一
皆様、新年明けましてお目出度う御座いますm(_ _)m。
小職本年馬齢92歳を数えるに至りましたが、身体を動かせることだし今暫し老骨に鞭打って職務に奮励したいと思いますので本年も拙文共々宜しくお願い致しますm(_ _)m。
優生保護法という悪法
昭和23年から平成8年まで存在した優生保護法という悪法に依って、無辜の少女達を各地で大量に断種手術したことは、裁判を通して2024年7月の歴史的な判決文が下って、遂に断罪されました。
当時は幼い16歳にて無理やり断種させられた無辜の少女が独り老年を迎えて裁判の当時者となって唯独り27年間政府と戦い遂に昨年度最高裁にて勝訴致しました。
彼女が述懐する27年間並びに施術後70年間の苦しみと絶望感を投影したTV放送を皆様はご覧になりましたか?
当時の岸田総理が独りの老女に頭を下げ、老女の手を取って詫びられた光景をご覧になりましたか?
彼女は唯独り政府を訴えて稀代の悪法である優生保護法が実は憲法違反の法律であることを国民に認識させたのでありました。
戦前に他の目的に依って設けられたこの悪法は2024年7月3日「国民は全て平等であるべきであるを欺き、成立した瞬間から憲法違反であった」と最高裁判決が断じたことで長い長い事件の幕を閉じたのでありました🤬/。
思えば"優生思想・優生政策上の見地により子孫の出生を防止する"という驕った目的と"母体保護という都合の良い言葉"を設定し、本人の許可も得ずに行う強制不妊手術と名付け人工妊娠中絶の合法化、受胎調節、"優生結婚相談"などを定めた、全くの違憲内容のものでありました。
"国民の資質向上を目的とした1940年の国民優生法を踏襲した"ものとか…、当時は自分達に都合の良い勝手な法解釈がなされたのでした。
実は大戦終了後、続々と復員する日本兵の帰還を喜ぶ家族の声と共に次々生まれてくる子供達そして、ますます過酷となる食糧事情に危機感を有した役人共が弄した疎かな策が人口を減らすための愚略でした。
「不良な子孫の出生を防止する」という誤った目的と、"母体保護という美名"を設けて、本人の許可も得ずに行う強制不妊手術、人口妊娠中絶の合法化、受胎調節、優生結婚相談などを定めた、違憲の見本展示会でありました🤬/。
次回に続く

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